教養教育ピックアップ

教員クローズアップ:環境問題の解決に向けて、民間シンクタンクから大学教員へ

令和4年4月から富山大学教養教育院に着任した木村先生を紹介するためにインタビューを行いました。

教養教育院 木村 元 講師
インタビュアー:教養教育院 杉森 保 准教授

インタビュアーの杉森先生(左)と木村先生(右)

前学期の授業を終えて

杉森 木村先生、まずは前期の授業おつかれさまでした。前期には「SDGs入門」、「環境」、「現代社会論」と三つの科目を開講されていたそうですね。前期を終えた率直な感想をまずお聞かせください。

木村 年度末の2~3月頃は、前職で勤めていた民間企業において納期が重なる時期でしたが、そのまま続いた最繁忙期が、やっと一段落した感覚です(笑)。

杉森 着任早々三つの授業は準備なども含めて大変だったのではないですか?

木村 とても大変でしたが、他大学での非常勤講師の経験を活かすことができましたし、真剣に聴いてくれる学生の方々に何を伝えようかと、楽しみながら、準備しておりました。

      

杉森 それぞれの授業ではどのようなことを考えて講義をされましたか?

木村 「SDGs入門」では、共通言語としてのSDGsの性質に注目して、将来、異分野の仲間たちと社会問題の解決に向けた対話をするための基礎を身につけてもらいたいと考えました。「環境」では、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資や、バイオエコノミーなど環境問題をめぐる最新動向も紹介しつつ、今後、自分の考えをもつために視野を拡げてもらうことを意図していました。「現代社会論」では、現代社会のしくみを映し出す鏡として環境問題を捉え、個人の価値観から社会制度まで、社会学の概念をとおして見ることで、現代社会についての見方を学んでもらうことを目指しました。

社会問題の解決に向けて異分野の仲間たちと連携するイメージ図(教養教育院長あいさつより)

学生時代の研究について

杉森 扱っている内容が非常に多岐にわたるように感じます。これらの背景として、たとえば学生時代にはどのような研究に関わってこられましたか?

木村 「自己組織化(self-organization)」という、要素から全体へと、自発的に秩序が形成される現象に興味をもっていました。そこで、生命科学を専攻していた大学(から大学院 博士課程)時代には、生命の設計図ともいわれるゲノムDNAが、細胞核の微小な空間の中で機能的に折り畳まれる仕組みについて研究していました。ちなみに、この自己組織化は、生命システムに見られるだけでなく、社会システムを理解するための見方として用いられることもあります。

杉森 私も「自己組織化」を化学の視点で研究したことがあるので、個人的に非常に興味深い内容です。研究の手法についてもすこしお話しいただけますか?

木村 研究方法としては、数理モデルを構築し、コンピュータ・シミュレーションを行い、それを分子生物学的な実験で検証する、異分野融合型のアプローチをとりました。それまでの専門と異なる分野であっても見境なく飛び込んで、学問的な探求をおこない、その研究成果を国際学会等で発表し、世界の研究者と議論する、これら一連のプロセスは、とてもエキサイティングなものであり、私の原体験となっています。

民間シンクタンクの業務について

杉森 大学院修了後、ここに着任されるまでは企業におられたときいています。そこではどのようなことに関わってこられましたか?

木村 金融系民間シンクタンクのコンサルタントとして、約10年間、環境・SDGs分野の実務に携わってきました。シンクタンクでの業務は、社会課題の解決を目指すことから、産官学の多様な立場の方々と仕事をさせていただく機会に恵まれていました。特に、異分野融合型のアプローチをとる仕事が多く、幅広い専門分野に興味をもつ私にとっては、大学(大学院)時代の興味関心とも、根もとで繋がっています。

杉森 なるほど、大学院での経験や関心を活かせる仕事だったのですね。

木村 はい。シンクタンクでは、受託調査と呼ばれる、クライアントのいる研究がおこなわれます。私が担当したテーマとして、例えば、気候変動対策としての新技術の環境リスク評価、環境配慮行動・意思決定を支援する評価手法、開発途上国等に適応した農業ICT技術などがあります。また、関係者の合意形成のために胃の痛くなるような緊張感をもって資料作成・説明をしたり、化学プラント周辺の環境モニタリングや排ガスの毒性試験を分析機関の方々と協力して実施したり、自分一人でアフリカ・中東、北欧、米国などに海外出張して、調査・交渉にあたるなど、仕事をする中で、数多くの挑戦機会を与えていただきました。

富山大学での研究の抱負

杉森 そのような経験を踏まえて、大学に着任された今、研究面で興味を持っておられることはどのようなことですか?

木村 これまでの研究・実務における学際的な経験をもとに、環境・SDGs分野における文理融合型の研究をめざしています。シンクタンクに勤務しながら、人生2つ目の博士課程にて、社会学を学んでおりました。社会課題解決に向けて仕事をする中、いろいろと葛藤する場面がありましたが、それを克服するために、人文・社会科学が必要と考えたためです。仕事をする中で得た経験を、社会学の視点から捉え直してみると、(学問的にも)おもしろい発見があったりします。

杉森 二つめの学位ですか!まさに文理融合ですね。非常に興味深いです。

木村 はい。例えばESG投資のような、さまざまな社会の動きについて、市民の視点に立って研究することで、世の中の選択肢の1つとなるようなモノの見方や構想を、提案していければと思います。また、コンサルタントから大学教員へと立場は変わりましたが、引き続き、地域の課題をはじめ社会課題の現場との接点を保ちつつ、貢献していけるように、自分を磨いていきたいと考えています。

富山マラソンへの参加

杉森 幅広い興味を持ちつつ、新たな分野に挑戦していく姿勢が魅力的です。ここで、すこし個人的なことを伺ってもよいでしょうか。たとえば趣味はなんですか?

木村 ランニングを趣味としています。学生時代は全国大会に出場するくらい本気でしたが、今は気持ちよく走れるペースで季節を感じながら、ときには研究の構想を練りながら走っています。秋に開催される富山マラソンへの出場を、とても楽しみにしています。

本学1年生へ向けてのメッセージ

杉森 ここでもやはり挑戦する姿勢がみられますね。これからもその姿勢で学生さん達にも刺激を与えてもらえたらと思います。最後に、木村先生の授業を履修することの多い本学の1年生に向けてメッセージをお願いします。

 

木村 「学生の皆さんの切実な悩みの意外と近くに、学問(や書籍)がある」ということをお伝えしたいです。例えば、コミュニケーション能力に不安をもったときには、教育学者の書いた本(『質問力(斎藤孝)』等)がヒントをくれるかもしれません。アイデンティティ(自分らしさ)に悩んだら、哲学者の本が応えてくれると思います(『哲学の練習問題(西研・川村易)』等)。また、将来の職業や、大学で何を学べば良いのかを迷うときには、自分の感性で“格好いい”と思える社会人が書いた本から、その人が大切にしている価値観、経験、思考方法を知り、自身に照らしてみることも有益です(もし科学者ならば『私の脳科学講義(利根川進)』や『寺田寅彦 随筆集』等)。このように、自分の素直な関心を入り口として、書籍を読みはじめると、芋づる式に世界がひろがっていきます。感性にあう本に出会うには、ある程度の試行錯誤が必要でもありますが、学生時代はその絶好の機会です。大学の講義(や課題)も、いろいろな“きっかけ”を与えてくれています。ぜひ、身近なものとして、学問の扉をひらいてほしいと思います。

杉森 学生さん達にもとても参考になると思います。まだまだ聞き足りないことがありますが、今回はこの辺にしたいと思います。大変興味深いお話をありがとうございました

木村 ありがとうございました。

「SDGs入門」の授業風景